東京高等裁判所 平成2年(ネ)1035号 判決 1991年2月28日
控訴人 若林秋利
右訴訟代理人弁護士 福田浩
中村直人
被控訴人 多賀安郎
多賀一枝
右被控訴人ら二名訴訟代理人弁護士 藤本齊
前川雄司
被控訴人 太田弘美
太田京子
太田行美
右被控訴人ら三名訴訟代理人弁護士 垰野兪
横塚章
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
理由
一 請求原因について
1 請求原因1(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。
したがつて、控訴人は、本件土地の所有権を取得したと認められる。
2 請求原因2の事実(被控訴人多賀安郎及び同多賀一枝が本件建物の南西側部分に居住して本件土地を占有していること)は控訴人と被控訴人多賀安郎及び同多賀一枝との間において争いがない。
3 請求原因3の事実(被控訴人太田行美、同太田京子及び同太田弘美が本件建物の北東側部分に居住して本件土地を占有していること)は控訴人と被控訴人太田行美、同太田京子及び同太田弘美との間において争いがない。
二 抗弁について
1 弁論の全趣旨及び≪証拠≫によれば、抗弁1(一)の事実(浜島たねが昭和三五年四月一日に大須賀健治から本件土地を建物の所有を目的として賃借したこと)が認められる。
2 抗弁1(二)の事実のうち、浜島たねが本件土地上に本件建物を所有したこと、本件建物につき浜島たねを所有者とする本件表示登記及び所有権保存登記がされたことは当事者間に争いがない。
≪証拠≫及び登記簿・台帳一元化を図つた昭和三五年の不動産登記法の改正関係法令等の定めによると、本件表示登記は、右法律改正により、家屋台帳に登録されていたが未登記であつた本件建物について、表題部が新設されたことによつて経由されたものであること(昭和三五年法律第一四号附則二条一項参照)、本件表示登記は、登記簿・台帳一元化実施要領(別冊)に従い、登記簿用紙の表題部に家屋台帳に記載された所在、家屋番号、種類、構造、床面積及び所有者の氏名、住所を移記した(同要領第三及び第五の一項参照)が、登記の「原因及びその日付」欄には家屋台帳から移記せず(同要領第四三の一項、第二八参照)、「登記の日付欄」は空欄にした(同要領第四四参照)ものであること、本件建物の登記事務を管轄する当時の東京法務局芝出張所において、前記附則二条一項の規定による登記用紙の表題部の改製及び新設を完了すべき期日が昭和三七年三月三一日と指定され(同附則二条二項参照)、本件表示登記は、同日ころまでにされたことが認められる。
右認定事実によれば、本件表示登記は、請求原因1(三)の根抵当権設定登記がされた昭和四一年八月九日より前にされたものと認められる。
3 ところで、建物保護法一条が、建物の所有を目的とする土地の賃借人がその土地上に登記した建物を所有するときは、土地の賃貸借は登記がなくても第三者に対抗できる旨定めて、賃借人を保護しているのは、当該土地の取引をなす者は、地上建物の登記名義により、その名義者が地上に建物を所有する権原として賃借権を有することを推知しうるからであり、この点において、賃借人の土地利用の保護の要請と第三者の取引安全の保護の要請との調和をはかろうとしているものである。この法意に照らせば、賃借権のある土地の上の建物についてなされるべき登記は権利の登記に限られることなく、賃借人が自己を所有者と記載した表示の登記のある建物を所有する場合もまた同条にいう「登記シタル建物ヲ有スルトキ」に当たり、当該賃借権は対抗力を有するものと解するのが相当である。
この点について、控訴人は、登記の日付の記載を欠く本件表示登記は、建物保護法一条所定の建物の登記に当たらず、対抗力を有しない旨主張する。
しかし、不動産の表示登記については、本来、権利の順位という問題がなく、職権でも登記できることから、申請書受付の年月日及び番号を記載することなく、登記を完了した年月日を「登記の日付」欄に記載することにされているものである。本件表示登記は、前記の登記簿・台帳一元化時の取扱いにより右「登記の日付」欄が空欄となつているが、本件土地に三井銀行が根抵当権を設定した時点において現に本件表示登記がされている以上、浜島たねが本件建物所有の権原として本件土地の賃借権を有することを推知するに足りるものであつたということができる。もつとも、右根抵当権の実行の段階において本件土地の競売に参加する者にとつては、本件表示登記と根抵当権設定登記の先後関係を登記簿の記載自体から直接知ることはできないけれども、競売参加者においても、本件表示登記により浜島たねが本件土地の賃借人であることを推知しうるのであるから、本件表示登記と前記根抵当権設定登記の先後関係について更に調査をし、注意深く行動することが求められていると解すべきであり、このように解しても、過当な負担を強いるものとはいえない。したがつて、建物保護法一条の規定の前記の法意に照らせば、本件表示登記が登記の日付の記載を欠いていても、土地賃借権の対抗力の関係において、これを通常の表示登記と特に区別しなければならないほどの実質的理由になるものとは認められない。
また、控訴人は、本件表示登記が職権によりされたものであり、登録免許税の納付もないことから、賃借権の対抗力を否定すべき旨主張するが、採用しがたいことは以上の説示により明らかである。
したがつて、浜島たねは、本件土地の賃借権を前記根抵当権の実行に基づく競落人である控訴人に対抗することができると解される。
4 控訴人は、本件土地の賃借権が当然に消滅している旨主張する。
しかし、控訴人が本件土地を競落する時点において、本件表示登記から浜島たねが本件土地の賃借人であることを推知することができたのであるし、前掲甲第二号証によると、本件建物につき、昭和四一年一〇月二四日に浜島たねから山本すみ及び山本合戦に対する遺贈を原因とする所有権移転登記がなされていることが認められるから、山本すみ及び山本合戦が、本件土地の賃借権を対抗する手段をとることなく、これを放置していたとはいえない。また、本件土地の競落名義人となつた伊藤康雄が、本件土地の賃貸借の存在を否定し、右山本すみが提供した賃料の受領を拒絶したことは、控訴人の自認するところであり、その後に控訴人において、右受領拒絶の態度を改め、賃料を提供されれば受領する旨を表示したうえ賃料を催告したり、賃料の増額を請求したりした形跡はまつたくうかがえないのであるから、右山本すみが従前の賃料額の供託を続け、その金額が本件土地に対する公租公課を下回ることになつたからといつて、直ちに同人に信義誠実の原則違反ないし権利濫用があるとは認められない。したがつて、本件土地の賃借権が当然消滅した旨の主張は、前提を欠き失当である。
5 更に、控訴人は、山本すみらの賃料不払又は信義則違反を理由に本件土地の賃貸借契約を解除した旨主張する。
しかし、右4の認定からすると、控訴人が山本すみらの賃料不払を理由に右契約を解除することは許されないし、同人らに解除原因となるような信義則違反があるとは認められないから、控訴人の右主張も理由がない。
6 弁論の全趣旨及び≪証拠≫を総合すると、抗弁2(一)の事実(被控訴人多賀安郎が昭和三六年ころ浜島たねから本件建物の南西側部分を賃借してその引渡しを受けたこと)が認められる。
抗弁2(二)の事実(被控訴人多賀一枝が同多賀安郎の妻として本件建物の南西側部分に居住していること)は、控訴人と被控訴人多賀安郎及び同多賀一枝との間において争いがない。
したがつて、被控訴人多賀安郎は、控訴人に対し、浜島たねから本件建物の南西側部分を賃借し本件土地を占有していることを対抗することができるし、被控訴人多賀一枝は、被控訴人多賀安郎の右賃借権を援用することができると認められる。
7 弁論の全趣旨及び≪証拠≫を総合すると、抗弁3(一)の事実(被控訴人太田弘美が昭和三八年ころ浜島たねから本件建物の北東側部分を賃借してその引渡しを受けたこと)が認められる。
抗弁3(二)の事実(被控訴人太田京子が同太田弘美の妻として、同太田行美が同太田弘美の子として、本件建物の北東側部分に居住していること)は、控訴人と被控訴人太田弘美、同太田京子及び同太田行美との間において争いがない。
したがつて、被控訴人太田弘美は、控訴人に対し、浜島たねから本件建物の北東側部分を賃借し本件土地を占有していることを対抗することができるし、被控訴人太田京子及び同太田行美は、被控訴人太田弘美の右賃借権を援用することができると認められる。
三 まとめ
以上のとおり、控訴人の被控訴人らに対する請求はいずれも失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却する
(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 岩井俊 小林正明)